人は年齢分経験を積んでいる
大人になりたくないと思っている若い人達は多いだろう。
そしてある程度の年齢までいくと老人にはなりたくないと思ってくる。
もっと時間が経つと自分は老人ではないと思いこんでくる。
つまりみんな歳をとることを拒否しているのだ。
拒否したくなる理由はその先に何も自分にとってのロールモデルが見えないと思うことから生じているかもしれない。
たとえば大人のことをYES、NOで設問してみると・・・
大人は子供の頃より何でも優れているようになる?NO!
大人になると健全な肉体をもつことになる?NO!
大人は何でも知っている?NO!
大人は何でも好きなものが買える?ちょっとNO?
大人は人間的にすばらしい?NO!
これはあくまで一例ではあるが答えがNO中心になってしまうことが圧倒的に多いのではないだろうか。
昔なら若い世代が憧れるようなかっこいい大人がいたような気もするが、そのようなモデルすら周りに見当たらなくなっている。
どこか疲れて、世の中を達観してしまった大人しか見ることができない。
ましてや現実を見ると、ネット社会においては若い世代の方がはるかにその環境には精通していて、逆に年上世代は教えられてしまうくらいである。
では大人になるというのはいったい何なのだろうか。
どこにその存在価値を見出せばよいのだろうか。
それはひとつしかない。
『生きてきた経験値しかない』
今、40代の自分だとしたら小学生の自分も、中学のあの時の自分も、就職した時の自分にもなることはできる。
つまりその時々の自分を出すことはできるのだ。
それはまだ経験したこともない世代にはできないことであったりする。
その時代時代に描いた気持ちや体験からなすべきことが見えてきたりする。そんな遠い昔の時代のことは忘れてしまった、あるいは今の時代とは違うだろうと思う方もいるだろう。
確かにそのままでは使えないことも多いだろう。
それなら頭を使うしかない。人は身体が衰えていく分を頭で補うようになっている。
経験とは応用を利かせて、実となること。
政治家が高年齢になっても若い世代に負けないのは長い間に培った人脈はあるだろうが、一番は経験値の差に違いない。
仕事であれ、生き方であれ、すべては経験の中に次へのステップが隠されている。
過去の失敗から学んだこともいっぱいあるはずです。
自分自身が経験してきたことを思い返す時間を取るようにすることは次のステップへのきっかけとなるかもしれません。
