決断のモラトリアム

人は選択を誤る。

これは仕方がないことではあるが、悔やんでも取り返せないことが長い人生には何度か起きるものだ。

その結果は今の段階ではまだ引き摺っていることもあり選択ミスだったと思い込んでいる方もいるでしょうが、それが本当に誤りだったのかの答えは誰にも出ないものである。

さてこの選択が失敗だと思い込むのはなぜなのかというお話をひとつします。

人というのは自分がその時に決断したことに縛られてしまうところがあるのです。

つまりその決断から自由になれないわけです。

責任感の強い人ほどそうなのかもしれません。

自分で選択したのだからという呪縛はずっと付きまといます。

これが誰かがそう言ったことだから、面白そうだからという流れからはじまったことには同じような縛られ方は生じないものです。

今の世の中、いろいろな情報が語りかけてきます。

このまま会社に残るか転職するか、家を買うか賃貸でいいか、旅行に行こうか貯金に回すかなど常に選択を迫られているように感じます。

そして人の持つ心理は自分が決断したことだから、こうに違いないという思い込みを生じさせます。

他者から見たらたいしたことでもないことも、行動したり所有したりするとその長所ばかりを考え一直線に進んでしまうところがあるものです。それが選択ミスを生じさせるところでもあります。

決断をしないということは難しいのですが、うまく生きる秘訣としてはそれを避けること、できる限り遠目に眺めることです。

そこから見えてくるもの、他者からのアドバイスはどんなに重要なことでも思い込みという眼鏡をはずしてくれるきっかけになるものです。

その時間は決断のモラトリアムにもなるはずです。

そのためには聞く耳を持ち、頭でっかちにならないように普段から気をつけておくことが肝心です。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次の記事

否定されて当然