私たちがすべきことは生まれた時、場所、家族からの影響をいかに科学するかです。

私の体験から

私の体験から

たぶんこの時が人生のターニングポイントでした。

今から10数年前に下血したことがあります。
実は旅行から戻ったら、病院で検査結果を聞くことになっていました。
その際は医師からは入院の準備できてくださいと言われたことである程度の病状は想定できました。

その時はこの先私の師匠となる方に相談で広島を訪問し、そのあと足を延ばした矢先、九州のある駅のトイレの床面がすべて血に染まるような状況になりました。

ところがです。
後日、師匠から検査結果を聞く「いい日」を伺っておりましたので、その日を選んで病院を訪問しました。
(もちろん検査受けた日も「いい日」を選択していました)
自分でもポリープなり、その他問題があることは覚悟していたのですが、結果は全くの問題なしでした。
おそらく一番驚いたのは担当医師だったのではないでしょうか。
医師はキツネにつままれた表情でモニターをじっと見ていました。
旅行中に下血があったことも実はその際には伏せておきました。
そうすることも実はこの「いい日」に実践する意味があるのです。
それからの生活で同じような下血を起こすこともなく現在に至っています。
いったい何が自分の中であったのでしょうか。

こんな推測をしました。
がん細胞というのを例にとって考えてみます。
がん細胞はできたり、消えたりしているというのは誰もが知っている事実です。
それがたまたま検診日に発見されてしまうことがあるのではないか。

「いい日」にはがん細胞が発見できない?
検査をした日、検査結果を聞きに行った日を「いい日」に設定しました。
下血までしたのにその後なぜ何もないのか?
結果がよかったのでその後、あえて気にすることを止めました。

これだけ聞くと怪しい話に思われるでしょうが(科学的には解明できないのですから)現に何でもなく生活をしているのですから、何か自然の摂理との融合がはかれていたのではと自分では思っています。
これを馬鹿馬鹿しい話で終わらせてしまうのか、そういうことなら試しにやってみようかはターニングポイントだったのです。
私は医者ではありませんから医療行為や病気に関することについては一切語れません。
私ができるのはその日が「いい日」なのか否かのアドバイスだけです。
その応用はいろいろなことに使えました。
たとえば大学受験です。
できる限りその方の「いい日」に合う大学、学科を受けることを進めました。
もちろん本人の学力努力があってのことですが、当落線上であるとかの場合には試してみる必要はあります。
物事を解決する日など用い方はいろいろ可能です。
「いい日」とは本人のバイオリズム、気の流れなどが適した日ととらえています。
それらをすべて自然の摂理ととらえ、より科学的に理解しようとすると今、コーチングなどで行っている時や人や家族、土地などを含めたキーワードを使っての解明が必要となってくるのです。
普通のコーチングとは異なるために私はこれらのことを『ハイアーコーチング』と呼んでいます。

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